相続放棄後の管理義務(2023年民法改正)——放棄しても終わらないケース

「相続放棄さえすれば、あとは何も関係なくなると思っていました。でも2023年に法律が変わって、放棄しても管理義務が残ると聞いて不安で——」

このような相談が急増しています。2023年4月1日に施行された民法改正(民法940条の改正)により、相続放棄後の管理義務について明確な規定が整備されました。

「相続放棄=全部終わり」という理解は必ずしも正確ではありません。ただし、管理義務が残るのは特定の条件を満たす場合に限られます。この記事で正確に整理しましょう。


相続放棄とは——基本の確認

相続放棄の効果(民法939条)

民法第939条は次のように規定しています。

「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人でなかったものとみなす。」

相続放棄をすると、被相続人の財産も借金も一切相続しません。申述期限は「相続の開始を知った日から3ヶ月以内」で、家庭裁判所への書面申述が必要です。

相続放棄後に注意すべき点:

  • 放棄によって相続権が次の順位の相続人(孫・親・兄弟姉妹)に移ることがある
  • 次の順位の相続人に「放棄した」旨を連絡しないと、知らない間に相続人になって困惑させてしまうケースがある

改正前の規定——管理義務をめぐる混乱

2023年改正前の民法940条(旧規定)は、次のように規定していました。

「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」

この規定では「全相続人が放棄した後は誰が管理義務を負うのか」が不明確でした。先順位の相続人が放棄した後、次順位の相続人が放棄する前の管理義務の所在について解釈が分かれ、実務上の混乱を生じさせていました。


2023年民法改正(施行:2023年4月1日)——何が変わったか

改正後の民法940条——「現に占有している場合のみ」に絞られた

2023年4月1日施行の改正民法第940条は次のとおりです。

「相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続財産清算人または相続人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもってその財産を保存しなければならない。」

改正のポイントを整理します。

改正前 改正後
次の相続人が管理を始められるまで管理義務が継続 「現に占有している」場合にのみ管理義務が発生
全相続人放棄後の管理義務の所在が不明確 占有者のみが義務を負うことが明確化
義務の終了時点が不明確 清算人または相続人への引渡しで終了

重要な結論:相続放棄をした時点で占有していなければ、管理義務は発生しません。

「現に占有している」とはどういう意味か

「占有」とは、物に対する事実上の支配の状態をいいます(民法第180条)。

「占有あり」と判断されやすいケース:

  • 実家の鍵を持っている
  • 定期的に実家の様子を見に行って草刈りや掃除をしていた
  • 実家に自分の荷物・家財を置いている
  • 郵便物の回収などの管理行為を継続していた

「占有なし」と判断されやすいケース:

  • 実家の鍵を持っておらず、長年訪問していない
  • 実家を全く管理しておらず、自分の荷物もない
  • 被相続人の死亡前から別の住所に居住しており、実家との関わりがない

判断が難しいグレーゾーン:

  • 「実家に住んでいないが、鍵は持っている」
  • 「相続放棄後も善意で郵便物を取りに行った」
  • 「実家に家財が残っているが誰も住んでいない」

グレーゾーンのケースは個別の状況による判断が必要です。判断に迷う場合は弁護士に相談することを強くお勧めします。


相続放棄後の管理義務・空き家問題は複雑です。占有の有無の判断から相続財産清算人の手続きまで、弁護士への早めの相談をお勧めします。

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管理義務の内容と免れる方法

管理義務の具体的な内容——何をする義務があるのか

改正後の管理義務の水準は「自己の財産と同一の注意」です。これは「善管注意義務(善良な管理者の注意義務)」よりも低い水準で、「自分の財産を管理するのと同程度」の注意で足ります。

管理義務の範囲(おおよそ):

  • 建物の施錠・鍵の管理
  • 危険な状態(塀の倒壊リスク等)への最低限の対処
  • 不法侵入者の排除に必要な措置
  • 建物の著しい破損を放置しないこと

管理義務の範囲外(要求されていないこと):

  • 費用をかけた大規模修繕
  • 積極的な売却・賃貸活動
  • 完全な安全確保(全リスクゼロの状態にすること)

義務違反のリスク: 管理義務を怠り、空き家の管理不全が原因で隣家に損害(倒壊・火災延焼・害虫等)が発生した場合、損害賠償責任を問われる可能性があります(民法第709条・第717条)。

管理義務を終わらせる方法——相続財産清算人の選任申立て

管理義務は「相続財産清算人または相続人に財産を引き渡す」まで継続します。

終わらせるためには次のいずれかが必要です。

① 他の相続人に引き渡す 相続人の中に放棄しない人がいれば、その人に財産(鍵等)を引き渡すことで義務が終了します。

② 相続財産清算人の選任申立てをする 全員が放棄して相続人がいなくなった場合は、家庭裁判所に「相続財産清算人」の選任を申立て、選任された清算人(通常は弁護士)に財産を引き渡します。

相続財産清算人の選任申立てについて:

項目 内容
申立者 利害関係人(放棄した相続人を含む)または検察官
申立先 被相続人の最後の住所地の家庭裁判所
申立費用 収入印紙800円+切手代など
予納金 20〜100万円程度(相続財産の規模・管理費用による)
選任される人 通常は弁護士

予納金が用意できない場合、申立てが認められないケースもあります。「誰が費用を負担するか」という問題が、空き家の放棄を難しくしている実務上の課題です。


空き家を相続放棄した場合の実務対応

相続放棄前に確認すべきこと——「占有」状態の整理

相続放棄を検討している場合は、放棄前に「占有状態の整理」を考えることが重要です。

放棄前にできること:

  1. 鍵の引き渡し:自分が持っている実家の鍵を、放棄しない他の相続人または市区町村担当者に引き渡す
  2. 自分の荷物の回収:実家に置いている自分の荷物を回収する

注意:法定単純承認のリスク

相続放棄前に遺産(被相続人の財産)を「処分」すると、相続を単純承認したとみなされ、放棄できなくなります(民法921条)。

  • 形見分け(遺産を取り分ける行為)→単純承認になる可能性あり
  • 自分の私物(生前から自分のものだった荷物)を取り出す→問題ない

判断に迷う場合は、放棄前に弁護士に相談してください。

相隣関係と損害リスク——近隣トラブルへの対応

管理義務を負っている間に近隣に損害が生じた場合のリスクについても把握しておいてください。

主な損害リスク:

  • 建物の倒壊・外壁崩落による物損・人身事故
  • 火災の延焼
  • 害虫・害獣(ネズミ・ゴキブリ等)の発生
  • 雑草・樹木の越境

空き家が「特定空き家」(空家等対策特別措置法)に指定されると、市区町村から改善命令→行政代執行(強制解体)が行われることがあります。この費用は相続財産から回収されます。

最も確実なリスク回避策: 相続財産清算人の選任申立てを行い、清算人に引き渡した後は管理義務が終了します。費用はかかりますが、損害賠償リスクを考慮すると合理的な選択です。


よくある質問(FAQ)

Q1. 相続放棄後に実家に荷物を取りに行ったら、管理義務が発生しますか?

A. 荷物を取り出して帰るという一時的な行為は、継続的な占有とは判断されない可能性が高いです。ただし荷物を残したまま鍵を持ち続ける・定期的に管理をするという状態になると「現に占有している」と判断されるリスクがあります。放棄後は、不動産の鍵や自分の荷物を残さないよう注意してください。


Q2. 相続放棄後に、他の相続人全員も放棄した場合、空き家はどうなりますか?

A. 全ての法定相続人が放棄した場合、相続財産は「相続人のいない財産」として扱われます(民法第951条)。利害関係人または検察官が家庭裁判所に「相続財産清算人」の選任を申立て、清算人が財産を管理・処分します。最終的に残った財産は国庫に帰属します(民法第959条)。清算人の選任申立てがない場合、市区町村が空き家対策の行政手続きを進めることがあります。


Q3. 相続放棄の期限(3ヶ月)を過ぎてしまいました。今からでもできますか?

A. 原則として3ヶ月を過ぎると相続放棄はできません。ただし、起算点は「自己のために相続の開始があったことを知った時」です。被相続人の死亡を知ったのが3ヶ月前ではないケースでは期限が延びることがあります。また例外的に期限後の放棄を認めた裁判例もあります。3ヶ月を過ぎた場合でも諦めず、弁護士に相談することをお勧めします。


Q4. 相続放棄後に、固定資産税の請求が届きました。払う必要がありますか?

A. 放棄が確定した後は、放棄した相続人に固定資産税の納税義務はありません。市区町村の税務課に「相続放棄申述受理証明書(または受理通知書のコピー)」を提出して、送付先変更・課税対象者の変更を申請してください。支払い義務はありませんが、通知書が届くこと自体は珍しくありません。


Q5. 相続放棄後の管理義務に違反した場合、どんな責任を負いますか?

A. 管理義務違反により第三者に損害が生じた場合、不法行為(民法第709条)または工作物責任(民法第717条)に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。「自己の財産と同一の注意」という比較的低い水準の義務なので、重大な過失がなければ責任が生じないケースも多いですが、空き家の老朽化による倒壊など明らかなリスクを放置した場合は責任を問われることがあります。早期に相続財産清算人の選任申立てを行うことが最も確実なリスク回避策です。


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本記事の情報は2024年時点のものです。法令・手続きは変更される場合がありますので、最新情報は専門家(弁護士)にご確認ください。

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