【事例】認知症の父の財産を家族信託で守った家族の話

「お父様のご本人確認ができないため、手続きできません。」

銀行窓口でそう言われた瞬間、長男の田中さん(仮名・52歳)は血の気が引きました。78歳の父は軽度認知障害(MCI)と診断されたばかり。定期預金の解約をしようとしただけなのに——。

この家族は、MCIの段階で家族信託を契約し、父の財産を守ることに成功しました。

※本事例は複数の相談事例をもとに一般化した架空のケースです。


ケースの概要

項目 内容
委託者(父) 78歳、軽度認知障害(MCI)、自宅+賃貸アパート1棟所有
受託者(長男) 52歳、父と同居
受益者 父本人(自益信託)
その他の相続人 母(76歳)、次男(49歳、東京在住)
信託財産 自宅(評価額2,000万円)+アパート(評価額3,000万円)+預貯金1,000万円

きっかけ——銀行窓口で「手続きできません」

父がアパートの修繕費を支払うために定期預金を解約しようとしたところ、銀行から「ご本人の意思確認ができないため手続きできない」と断られました。

MCIの診断は受けていたものの、日常生活はほぼ自立。しかし銀行窓口での受け答えがうまくいかず、銀行側が判断能力に疑問を持ったのです。

「このままでは、父の財産が凍結されてしまう」——長男は急いで対策を調べ始めました。


家族信託を選んだ理由

長男が司法書士に相談したところ、2つの選択肢を提示されました。

比較項目 家族信託 成年後見
不動産の売却 受託者の判断で可能 家裁の許可が必要(数ヶ月かかる)
裁判所の関与 なし あり(監督人が付く)
柔軟性 高い(契約内容に従い自由に管理) 低い(裁判所の監督下)
費用 初期50〜70万円、以後0円 初期10〜20万円、以後月2〜6万円

アパートの管理(修繕判断・入居者対応・将来の売却)には柔軟な判断が必要であり、裁判所の許可をいちいち取る成年後見よりも、家族信託の方が適していると判断しました。


手続きの流れ(4ヶ月)

月1: 司法書士に相談、信託契約の設計

司法書士が家族の状況をヒアリングし、信託契約の設計案を作成。信託する財産の範囲、受託者の権限、信託終了後の財産の帰属先(母→長男・次男で均等)を決定しました。

月2: 家族会議と父本人の意思確認

最も重要なステップです。長男・次男・母の3人で家族会議を開き、家族信託の内容を全員で確認・合意。次男が「長男に全権を渡すのは不安」と懸念を示したため、信託監督人(司法書士)を設置することで合意しました。

父本人の意思確認のため、かかりつけ医に「判断能力に関する診断書」を作成してもらいました。MCIの段階では契約能力が認められるケースが多いですが、医師の診断書があることで契約の有効性が担保されます。

月3: 公正証書の作成と信託登記

公証役場で信託契約を公正証書にしました。その後、自宅とアパートの信託登記を法務局で実施。

費用項目 金額
司法書士報酬 45万円
公正証書作成費用 5万円
登録免許税(不動産) 約7万円
合計 約57万円

月4: 信託口口座の開設

信託した預貯金1,000万円を管理するための信託口口座を銀行で開設。これが最も手間がかかったステップでした。

信託口口座に対応している銀行が限られており、最初に相談した2行では「対応していない」と断られました。3行目でようやく開設できましたが、銀行選びは事前に司法書士に確認しておくべきでした。


信託後に起きたこと

父の認知症が進行

信託契約から1年後、父の認知症が進行し要介護2に。しかし、受託者(長男)の判断でアパートの管理と修繕を継続できたため、空室を出すことなく家賃収入を維持できました。

介護施設入所時に自宅を売却

父が介護施設に入所することになり、入所費用の確保と空き家リスクの回避のために自宅を売却。信託のおかげで、長男の判断だけでスムーズに売却手続きを完了できました。成年後見であれば、家庭裁判所の許可に数ヶ月かかっていたでしょう。

売却代金は信託口口座に入金し、父の介護費用として管理。信託監督人(司法書士)が半年に1回、管理状況を確認しています。


この事例から学ぶ3つの教訓

教訓① MCIの段階で動けたことが最大の成功要因

認知症が進行して判断能力が失われた後では、家族信託の契約はできません。「まだ大丈夫」と思っている段階が、実は最後のチャンスです。

教訓② 家族会議で全員の合意を得たことでトラブル回避

次男の懸念に対して信託監督人を設置するという解決策を取ったことで、「長男が勝手にやっている」という不信感を防止できました。家族信託は家族全員の理解と合意が成功の鍵です。

教訓③ 信託口口座の開設に時間がかかる

銀行によっては信託口口座に対応していません。司法書士に「どの銀行で信託口口座を開設できるか」を事前に確認しておくことで、手続きがスムーズになります。


よくある質問(FAQ)

Q1. MCIの段階で本当に契約できるのですか?

MCIは「認知機能の低下はあるが日常生活は自立」という段階であり、多くの場合契約能力は認められます。 ただし、医師の診断書を取得し、公正証書で作成することで契約の有効性を補強してください。

Q2. 家族信託の費用は誰が払うのですか?

通常は委託者(父)の財産から支払います。 信託契約の中に「信託設定費用は信託財産から支払う」と記載しておけば明確です。

Q3. 信託したアパートの家賃収入は誰のものですか?

受益者(この場合は父本人)のものです。自益信託の場合、信託しても所得の帰属先は変わらず、税務上の影響はありません。


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※本事例は複数の相談事例を一般化した架空のケースです。

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