遺言執行者の選び方と役割——指定しないとどうなる?

遺言書を作成しようとする際、「遺言執行者を指定してください」とアドバイスされることがあります。しかし「遺言執行者って何をする人?」「誰を指定すればいいのか」という疑問を持つ方は少なくありません。

実は、遺言執行者の指定はおざなりにできない重要なポイントです。指定しない場合、相続人全員が協力して手続きを進めなければならず、相続人間に少しでも対立があると遺言の実現が大幅に遅れることがあります。

この記事では、遺言執行者の役割・権限・選び方・費用を、実務的な視点でわかりやすく解説します。


遺言執行者とは——民法が定める役割と権限

遺言執行者の法的定義(民法1006条・1012条)

民法1012条は、遺言執行者について次のように定めています。

遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。

簡単に言えば、「遺言書の内容を実際に実行する人」です。

遺言執行者が選任されると、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為ができなくなります(民法1013条)。これは遺言の実現を守るための重要な規定です。

2019年の民法改正によって遺言執行者の権限は大幅に強化されました。それ以前は「相続人の代理人」とされていた立場が、遺言の執行に向けた独立した権限者として位置づけられ、特定財産承継遺言(「○○の預金は長男に相続させる」という内容)についても単独で対抗要件を備えられる行為(登記・預金移転等)が可能になりました。


遺言執行者が行う具体的な業務

遺言執行者の主な業務を時系列で整理します。

① 財産目録の作成 まず相続財産の全体を調査し、財産目録を作成して相続人全員に交付します(民法1011条)。不動産・預金・有価証券・借金(負債)がすべて対象です。

② 預金口座の解約・払い戻し手続き 金融機関ごとに、死亡届・遺言書・戸籍謄本等を提出して口座を解約し、遺言で指定された相続人に送金します。複数の金融機関がある場合はその数だけ手続きが必要です。

③ 不動産の相続登記手続き 法務局への登記申請書を作成・提出します。司法書士と連携するケースが多いです。2024年4月から相続登記が義務化されたため、この手続きの重要性はさらに高まっています。

④ 有価証券の名義変更 証券会社での名義変更手続きを行います。

⑤ 遺贈の実行 相続人以外の第三者への遺贈がある場合、その実行手続きを担います。遺贈登記なども含まれます。

⑥ 認知・相続廃除の手続き 遺言による認知(婚外子の認知)や相続廃除(特定の相続人の相続権を奪う審判申立て)の届け出も遺言執行者の重要な業務です。


指定しなかった場合——何が起きるか

遺言執行者の指定がない場合の対応は2つです。

対応①:相続人全員で手続きを行う 金融機関や法務局への手続きに、相続人全員の署名・実印が必要になります。相続人が多い場合、遠方にいる場合、仲が悪い場合は、手続きが数ヶ月〜数年単位で滞ることがあります。

対応②:家庭裁判所に遺言執行者選任の申立てを行う(民法1010条) 家裁の審判が下りるまで1〜3ヶ月かかります。その間、相続手続きは止まります。

特に、「相続人以外への遺贈」「認知」「相続廃除」を含む遺言では、執行者がいないと実現が著しく困難です。「遺言書を書いたのに意味がなかった」という事態を避けるために、遺言書の作成と同時に執行者の指定も行うことを強くお勧めします。


誰がなれるか——遺言執行者の資格と選択肢

遺言執行者になれる人・なれない人

民法1009条は、未成年者と破産者は遺言執行者になれないと定めています。それ以外であれば誰でも可能です。

なれる人の例

  • 相続人(配偶者・子・親等)
  • 弁護士・司法書士・行政書士
  • 信託銀行
  • 親族や知人(専門家でなくてもよい)

相続人自身を執行者に指定することも法律上は問題ありません。


選択肢①——相続人(家族)を指定する場合

メリット

  • 報酬が発生しない(または低い)
  • 家族の事情をよく知っており、スムーズに動ける

デメリット

  • 利害相反が生じやすい。「全財産を長男に相続させる」という遺言で長男を執行者にすると、他の相続人が不満を持つ可能性がある
  • 手続きの専門知識がない場合、金融機関や法務局で手間取ることがある

適するケース

  • 相続財産がシンプル(預金のみ等)
  • 相続人間に争いがなく、全員が協力的
  • 受益者と執行者を別人にできる(例:長男に財産を渡す遺言で、執行者は次男)

選択肢②——弁護士に依頼する場合

メリット

  • 手続きの専門性が高く、対応できる範囲が広い
  • 相続人間に争いが起きた場合でも対応できる(弁護士のみが代理権を持つ)
  • 相続人への説明責任を負ってくれるため、遺族間の感情的な摩擦が減る

費用(目安) 弁護士費用は基本報酬(30〜50万円)+遺産に対する割合報酬(0.5〜2%)が一般的です。争いが発生した場合は別途費用がかかります。

適するケース

  • 相続人間に争いがある・あるかもしれない
  • 不動産・有価証券等の複雑な資産がある
  • 遺贈先がある(相続人以外への遺贈)
  • 親族に手続きの負担をかけたくない

遺言書の内容と相続人の関係によっては、弁護士への依頼が「最も安く」つくことがあります。相続争いによる裁判費用・時間的コストを考えると、弁護士報酬は保険料といえます。まずは無料相談で状況を整理してみましょう。

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選択肢③——信託銀行に依頼する場合

メリット

  • 手続きの信頼性と確実性が高い
  • 長期的な財産管理も合わせて依頼できる

費用(目安) 信託銀行の最低報酬は50〜100万円程度が多く、遺産規模が小さい場合はコストパフォーマンスが悪くなります。

適するケース

  • 遺産規模が1億円以上
  • 複数の不動産・金融資産がある
  • 相続人が高齢・遠方にいる
  • 長期的な財産管理も含めて任せたい

報酬の相場——どのくらいかかるか

家庭裁判所が決める報酬基準

遺言書に報酬額の定めがない場合(または家裁選任の場合)、裁判所が報酬を決定します。東京家裁の審判例を参考にした目安は次の通りです。

遺産総額 報酬の目安
1,000万円未満 20〜30万円
1,000万〜5,000万円 遺産の1〜2%
5,000万〜1億円 遺産の0.5〜1%
1億円超 遺産の0.3〜0.5%(上限あり)

遺言書に報酬額を明記しておくことで、後から争いになるリスクを防げます。


弁護士・司法書士・信託銀行の費用比較

依頼先 基本報酬の目安 割合報酬 特徴
弁護士 30〜50万円 遺産の0.5〜2% 紛争対応可、範囲が広い
司法書士 15〜30万円 遺産の0.3〜1% 登記に強い、紛争対応は不可
信託銀行 50〜100万円(最低) 遺産の0.5〜1% 信頼性が高い、大規模向け
相続人(家族) 0〜数万円(実費のみ) なし 費用最安、専門性は低い

選び方のポイント——状況別おすすめパターン

「費用を抑えたい」×「財産がシンプル」——相続人の指定でOK

預金が数行だけ・不動産なし・相続人間に争いなし——このようなシンプルなケースでは、相続人(ただし受益者と別の人)を執行者に指定するのが現実的です。

注意点:受益者と執行者を分ける工夫が重要です。「全財産を長女に相続させる」という遺言であれば、執行者は長男か、中立的な第三者に指定してください。


「紛争防止を優先したい」——弁護士の指定を推奨

相続人間の仲が不安、特定の人に多く渡したい意図がある、遺贈を含む——このようなケースでは弁護士への依頼を推奨します。費用はかかりますが、相続人への説明・対応を一手に引き受けてもらえる安心感は大きいです。


「大規模財産の確実な管理も任せたい」——信託銀行

遺産総額が1億円超で、不動産・有価証券・事業資産が含まれる場合は、信託銀行が選択肢に入ります。費用の割高さよりも「確実な執行」を優先したい場合に向いています。


複数の執行者を指定する方法

遺言で複数の執行者を指定することも可能です(民法1006条2項)。たとえば「不動産の登記手続きは司法書士○○、その他の金融手続きは弁護士△△」というように分担を決めることができます。その場合、各執行者の権限の範囲を遺言書に明記することが重要です。


遺言執行者の選び方は、遺言書の内容・財産の種類・相続人との関係によって最適解が変わります。弁護士への無料相談で、ご自身の状況に合った選択を確認してみてください。

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よくある質問(FAQ)

Q1. 遺言書に遺言執行者の指定がないと、遺言書は無効になりますか?

A. 無効にはなりません。遺言書の有効性と遺言執行者の有無は別問題です。ただし執行者がいない場合、相続人全員で手続きを行うか、家庭裁判所への申立てが必要です。「遺贈」「認知」「相続廃除」を含む遺言では、執行者なしでの実現は著しく困難です。


Q2. 相続人を遺言執行者に指定してもいいですか?

A. 法律上は可能です。ただし受益者(財産を受け取る相続人)と執行者が同一人物になると、他の相続人が不公平感を持ちやすくなります。中立性を保つために、受益者と執行者を別人にするか、第三者(弁護士等)を指定することを検討してください。


Q3. 遺言執行者は途中で辞任できますか?

A. 正当な理由がある場合、家庭裁判所の許可を得て辞任できます(民法1019条)。無断で業務を放棄した場合は損害賠償責任が生じる可能性があります。候補者に打診する際に「引き受けてもらえるか」を事前に確認しておきましょう。


Q4. 遺言執行者がいない場合の家裁への申立て費用はどのくらいですか?

A. 申立て自体の費用は収入印紙800円+郵便切手代(数百円)のみです。ただし審判が下りるまで1〜3ヶ月かかり、その間相続手続きが止まります。選任後の執行者報酬は別途発生します。


Q5. 遺言書に指定した執行者が先に亡くなった場合はどうなりますか?

A. 指定した執行者が先に亡くなっている場合、その遺言に記載の執行者は存在しないことになります。家裁への申立てが必要になります。対策として、「指定した執行者が亡くなった場合は○○を後任とする」という予備的指定を遺言書に記載しておくことを検討してください。


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本記事の情報は2024年時点の法令に基づいています。民法等の改正により内容が変わる場合があります。個別のケースについては、必ず弁護士・司法書士等の専門家にご相談ください。

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