要介護認定と成年後見——どのタイミングで何をすべきか

「親の通帳から老人ホームの費用を引き出そうとしたら、銀行の窓口で止められた——」

こういった話が、相続・介護の相談現場では珍しくなくなっています。要介護認定を受け、施設に入所している親の費用を支払おうとして、銀行に「本人の意思確認が取れないため対応できない」と言われる。そういった状況に突然陥った家族が、途方に暮れて相談にいらっしゃいます。

「要介護認定を受けているのに、どうして財産の管理ができないのか」——この疑問は非常に自然です。しかし要介護認定と「法的な意思能力(判断能力)」は、別の問題なのです。

この記事では、要介護認定と意思能力の関係を整理し、成年後見制度が必要になる2つのタイミング、そして任意後見と法定後見の使い分けを解説します。


要介護認定と「判断能力」は別の問題

要介護認定とは何を測るか

介護保険の「要介護認定」は、「身体的・認知的に、どのくらい介護の手助けが必要か」を測る制度です(介護保険法)。

要介護1〜5の区分は、おもに次の観点で評価されます:

  • 日常生活動作(食事・入浴・排泄など)の自立度
  • 認知機能の低下の程度
  • 介護に要する時間数

つまり、要介護認定は「介護サービスの必要量」を決めるための行政上の分類であり、「法的な意思能力(判断能力)の有無」を直接的に証明するものではありません。

重要な事実

  • 要介護5でも、意思表示が可能な状態(意思能力がある)の方がいる
  • 要介護1・2でも、認知症が進行して意思能力が失われているケースがある

銀行や公証役場が確認するのは「要介護度」ではなく「意思能力の有無」です。

「意思能力の低下」が問題になる2つの場面

場面①:銀行口座の引き出し困難

金融機関は顧客本人の保護を目的として、「認知症の疑いがある」と判断した場合に、本人による払い出しを制限する実務上の運用をしています(各金融機関の内部規定による)。家族(子ども)であっても、正式な代理権限(成年後見人の権限証明等)がなければ代理での引き出しは認められません。

この状況への正規の解決策が成年後見です。後見人が選任されれば、後見人として正規に口座を管理・払い出しできます。

場面②:不動産売却・入所契約

老人ホームへの入所契約・自宅の売却には「本人の意思確認」が必要です。不動産の売買契約は、意思能力のない状態では有効に成立しません(民法第3条の2)。

親が認知症で意思能力を失っている場合、自宅を売却して施設費用に充てることができなくなります。これが「財産凍結」と呼ばれる状態です。

後見人が選任されれば、法定代理人として本人に代わって契約を結べます(ただし不動産売却には家庭裁判所の許可が必要な場合があります)。


成年後見が必要になる前に——任意後見制度の活用

任意後見制度とは——「元気なうち」に準備する

任意後見制度は、本人が判断能力のあるうちに、将来後見人になってもらう人(「任意後見受任者」)と契約しておく制度です(任意後見契約に関する法律)。

任意後見の特徴

項目 内容
後見人の選択 本人が自分で選べる(家族・親族・専門家のいずれも可)
権限の設計 本人が契約で決められる(財産管理の範囲・身上監護の範囲を指定)
有効になるタイミング 判断能力が低下した後、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立てた時点で発効
作成方法 公正証書が必須(任意後見契約法第3条)
費用 公正証書作成費用(2〜5万円)+専門家報酬(5〜10万円程度)

任意後見の最大のメリットは「本人が選んだ人に、本人が望む範囲の権限を与えられる」ことです。法定後見(後述)では、家庭裁判所が後見人を選任するため、家族が選ばれない場合もあります。

任意後見を始めるのに最適なタイミング

今すぐ設定すべき状況

  • 要介護認定を受けたばかりで、まだ判断能力がある
  • 銀行の窓口で「本人確認」が厳しくなってきた
  • 「将来の財産管理を誰かに任せたい」という希望が出てきた
  • 認知症の初期症状が出始めた(まだ意思能力がある段階)

最も危険な判断:「もう少し様子を見てから」

任意後見は、本人の意思能力が失われた後は設定できません。「まだ大丈夫」と思っているうちに急激に認知症が進行して、手遅れになるケースが多くあります。「今なら間に合う」と判断できるうちに動くことが最善です。

任意後見と家族信託——どう使い分けるか

任意後見と家族信託は目的が重なる部分がありますが、カバーする範囲が異なります。

比較項目 任意後見 家族信託
財産管理 ◎可能 ◎可能(特に不動産・現金)
身上監護(施設入所・医療同意等) ◎可能(後見人の権限) ×不可(財産管理のみ)
裁判所の関与 あり(監督人が選任) なし(信託契約の範囲内で自由)
開始タイミング 判断能力が低下してから 契約時点から(即時有効)
費用(継続) 監督人報酬:月1〜2万円 受託者が家族なら継続費用ゼロ

最も多く使われる組み合わせ

「家族信託(財産管理の自由度・即時性)+任意後見(身上監護のカバー)」を組み合わせる方法です。認知症が進行して施設入所が必要になる段階で、任意後見が身上監護を担います。

家族信託の詳細は[家族信託の完全ガイド(hub_11)]をご覧ください。


任意後見が間に合わなかったとき——法定後見への申立て

法定後見(成年後見・保佐・補助)の3区分

本人の判断能力の程度によって、3つの種類に分かれます。

種類 対象 後見人の権限
成年後見 判断能力が全くない(最重度) 包括的な代理権(財産管理・身上監護の全般)
保佐 判断能力が著しく不十分 重要事項の同意権・取消権
補助 判断能力が不十分(軽度) 特定事項の同意権・代理権

介護の場面で最も多く申立てられるのは「成年後見」です。認知症が進行した段階で申立てることが多いため、最も重度の判断能力喪失に当たる成年後見が選ばれます。

法定後見の申立て手順と期間

申立ての流れ

  1. 医師の診断書(「後見相当」の記載)を取得する
  2. 必要書類を収集する(戸籍謄本・財産目録・収支状況報告書など)
  3. 家庭裁判所(本人の住所地)に申立て書類を提出する
  4. 家庭裁判所による審理(鑑定が必要な場合:1〜2ヶ月、不要の場合は省略)
  5. 後見人の選任(申立てから選任まで平均2〜6ヶ月)

申立てに必要な主な書類

  • 申立書
  • 本人・申立人の戸籍謄本(除籍謄本・改製原戸籍を含む)
  • 本人の診断書(所定の書式・医師作成)
  • 財産目録(不動産・預貯金・有価証券等)
  • 収支状況報告書(収入・支出の状況)
  • 候補者に関する書類(後見人候補者がいる場合)

費用の目安

費用の種類 金額
収入印紙・郵便切手 合計約5,000〜10,000円
鑑定費用(必要な場合) 5〜20万円
司法書士・弁護士への依頼費用(申立て代理) 10〜30万円程度

法定後見の注意点——一度始めると「やめられない」

成年後見制度を利用する前に、必ず知っておいていただきたい重要な事実があります。

成年後見は原則として終了できない

成年後見制度は「本人の判断能力が回復するまで」または「本人が亡くなるまで」継続します。認知症の多くのケースでは、判断能力が回復することはありません。

後見人が家族以外になる場合がある

財産が多い場合・親族間に紛争がある場合・候補者として挙げた家族に問題があると判断された場合など、家庭裁判所が「専門職後見人(弁護士・司法書士・社会福祉士など)」を選任することがあります。専門職後見人への報酬は月2〜6万円が一般的で、10年継続すると240〜720万円になります。

後見業務は家庭裁判所に監督される

後見人は毎年家庭裁判所に「後見事務報告書・財産目録」を提出する義務があります。不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要な場合があります。

これらのデメリットがあるからこそ、判断能力のあるうちに任意後見を設定しておくことが推奨されるのです。


要介護認定から成年後見まで——フェーズ別の対応チェックリスト

フェーズ①:介護が始まった段階(要介護1〜2・判断能力あり)

  • □ 地域包括支援センターに相談し、ケアマネジャーを選定する
  • 任意後見契約を司法書士・弁護士に相談して締結する(最優先)
  • 家族信託の検討・設定(財産管理の早期整備)
  • □ 通帳・印鑑の管理ルールを家族で決める
  • □ 介護費用の立替記録(領収書・振込記録)を保管し始める

フェーズ②:認知症が進行してきた段階(要介護2〜3・判断能力が低下し始めた)

  • □ かかりつけ医に「意思能力の評価」を相談する
  • □ まだ意思能力があれば任意後見契約の締結(最後のチャンス)
  • □ 任意後見監督人の選任申立てを家庭裁判所へ(任意後見の発効手続き)
  • □ 銀行口座の管理方法を確認(任意後見人または家族信託の受託者への切り替え)

フェーズ③:判断能力が失われた段階(要介護4〜5・意思能力なし)

  • □ 法定後見(成年後見)の申立てを準備する
  • □ 司法書士・弁護士に申立て代理を依頼する
  • □ 申立てから選任まで2〜6ヶ月かかることを念頭に、緊急の費用は家族で立て替えて後から精算

要介護認定を受けたら、判断能力があるうちに任意後見の準備を進めることを強くおすすめします。司法書士への相談で、ご家族の状況に合った対応策を確認してください。

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よくある質問(FAQ)

Q1. 要介護認定を受けていますが本人は意思能力があります。成年後見は必要ですか?

A. 要介護認定と意思能力は別の判断基準です。本人がしっかりと意思表示できる状態であれば成年後見は必須ではありません。ただし、将来に備えて「任意後見契約」を今のうちに結んでおくことを強くおすすめします。判断能力が低下してからでは任意後見の設定ができなくなります。


Q2. 親の通帳から施設費用を引き出せなくなりました。すぐに成年後見の申立てをすればよいですか?

A. 申立ては適切な対応ですが、選任まで2〜6ヶ月かかります。緊急費用が必要な場合は、まず金融機関に「相続と介護に関する相談窓口」を問い合わせてください(各金融機関が独自の対応策を持っていることがあります)。一時的に家族が立て替えて後から精算する方法も検討してください。申立て書類の準備と並行して、司法書士または弁護士に早急に相談することをおすすめします。


Q3. 成年後見人を家族(長男)にすることはできますか?

A. 長男を後見人候補者として申立て書に記載することはできます。ただし最終的な選任は家庭裁判所が行います。財産が多い場合や親族間に紛争がある場合、専門職後見人が選任されることがあります。家族を後見人にするためには、長男が後見業務を適切に遂行できることを具体的に説明する書面(後見人候補者に関する書類)を丁寧に記載することが有効です。


Q4. 任意後見と法定後見、どちらが費用が安いですか?

A. 長期的には任意後見(受任者が家族の場合)が低コストです。任意後見では任意後見監督人への報酬(月1〜2万円)が発生しますが、法定後見で専門職後見人が選任された場合は月2〜6万円の継続報酬が発生します。10年継続すると法定後見は240〜720万円になります。任意後見を早めに設定する方が、総コストを大幅に抑えられます。


Q5. 成年後見と家族信託、どちらを選べばよいですか?

A. 「財産管理(特に不動産)だけを子に任せたい」「柔軟な財産運用を続けたい」場合は家族信託が適しています。「身上監護(入院・施設入所の代理決定)も含めて対応が必要」な場合は任意後見・法定後見が適しています。多くのケースで、両制度を組み合わせることが最も効果的です。詳しくは[成年後見制度の完全ガイド(hub_13)]をご覧ください。


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本記事の情報は2026年3月時点のものです。任意後見契約法・民法・介護保険法その他の関係法令は改正される場合があります。個別のご相談は必ず専門家(司法書士・弁護士)にお問い合わせください。

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