成年後見制度の完全ガイド——認知症の親の財産を守る方法

「お母さんの通帳を持って銀行に行ったら、窓口で『本人確認ができないため手続きができません』と言われてしまいました——」

相続・終活の相談現場で、こういった声が年々増えています。認知症が進んで施設に入った親の口座から介護費用を引き出せない。自宅を売って施設の費用に充てたいのに、親の意思確認ができず売却できない。遺産分割協議に認知症の親が参加できず、相続手続きが何年も止まったまま——。

こうした事態を防ぐ、あるいは打開するための制度が「成年後見制度」です。

成年後見制度は難しい法律の話ではありません。一言で言えば、「判断能力が低下した人の財産と生活を法律の力で守る仕組み」です。

この制度には2つの類型があります。すでに認知症が始まった親のために家庭裁判所に申立てる「法定後見」と、まだ元気なうちに自分で後見人を選んで将来に備える「任意後見」です。どちらが必要かは、今の状況によって異なります。

この記事では、成年後見制度の仕組みから費用の全体像、どんな家庭に何が必要かまで、すべてを一つの記事で解説します。「うちの親に成年後見は必要か」「自分は今から備えるべきか」という疑問に、読み終えたときに答えが出るよう設計しています。


成年後見制度とは何か——3分でわかる基本

成年後見制度の目的——認知症・障害で判断能力が低下した人を守る

成年後見制度は、民法第7条〜第21条および任意後見契約に関する法律(平成11年法律第150号)に基づく制度です。「精神上の障害(認知症・知的障害・精神障害など)により判断能力(意思能力)が不十分な人」を、法律面・財産面から支援することを目的としています。

2024年時点で、日本国内の認知症高齢者数は約600万人(厚生労働省推計)。65歳以上の約5.5人に1人が認知症になるとされており、今や誰もが「他人事ではない」問題です。

認知症になると何が起きるか——。本人の「判断能力(意思能力)」が失われます。すると、銀行口座の操作ができなくなり、不動産の売却に必要な署名ができなくなり、老人ホームへの入所契約も本人確認ができないと成立しなくなります。本人名義の財産が事実上「凍結」された状態に陥るのです。

成年後見制度は、この「財産凍結」状態を打開し、本人の生活を守るための国の仕組みです。

2つの類型——法定後見と任意後見の概要

成年後見制度には、大きく2つの類型があります。

法定後見 任意後見
使うタイミング すでに判断能力が低下した後 判断能力があるうちに準備する
後見人を決めるのは 家庭裁判所 本人が自分で決める
手続きの起点 家庭裁判所への申立て 公正証書での任意後見契約
法的根拠 民法第7〜21条 任意後見契約に関する法律

法定後見は「認知症になってから使う制度」、任意後見は「認知症になる前に準備する制度」——この違いが、制度の使い方のすべてを決めます。

成年後見制度が必要になる典型的な場面

成年後見制度の利用が事実上必須となる場面は、主に次の4つです。

① 銀行口座が凍結され、介護費用の引き出しができない 金融機関が本人の判断能力の低下を認識した場合、顧客保護の観点から口座操作を制限することがあります。家族が代わりに引き出そうとしても、後見人なしでは対応してもらえないケースが増えています。

② 老人ホームへの入所契約が締結できない 施設との入所契約は「本人の意思確認」が必要です。認知症で意思確認ができない場合、施設側が契約を拒否するケースがあります。後見人がいれば代理で契約を締結できます。

③ 自宅売却・不動産の処分ができない 不動産の売買契約には所有者本人の意思能力が必要です(民法第3条の2)。意思能力がない状態での売買契約は無効とされるため、不動産会社・司法書士が手続きを拒否します。後見人がいれば代理で売却を進めることができます(家庭裁判所の許可が必要な場合あり)。

④ 遺産分割協議に参加できず相続手続きが止まっている 相続において認知症の相続人がいる場合、その人に後見人を選任しなければ遺産分割協議が成立しません。相続手続き全体が何年も止まる深刻な事態になります。


法定後見の仕組み——3つの類型と家庭裁判所の役割

後見・保佐・補助——判断能力の程度で3段階

法定後見には、判断能力の程度によって3つの審判類型があります。申立て人が選べるわけではなく、家庭裁判所が医師の診断書等をもとに判断します。

類型 対象となる状態 代表的なケース 後見人等の名称 利用割合
後見 判断能力がほぼない 重度の認知症 成年後見人 約80%
保佐 判断能力が著しく不十分 中程度の認知症 保佐人 約13%
補助 判断能力が不十分(軽度) 初期の認知症 補助人 約7%

(最高裁判所統計より)

後見類型(民法第7条)は、日常的な買い物から重要な法律行為まで、本人の判断能力がほぼない状態を対象とします。後見人は包括的な代理権と取消権を持ち(日用品の購入等を除く)、本人の財産管理・法律行為全般を担います。

保佐類型(民法第11条)は、日常的な行為はできるが、不動産の売却・借金・相続の承認や放棄など重要な行為の判断が難しい状態を対象とします。保佐人は民法第13条1項に列挙された重要行為について同意権・取消権を持ちます。

補助類型(民法第15条)は、比較的軽度な判断能力の低下を対象とします。本人の申立てまたは同意が必要で、補助人は本人と合意した特定行為のみ同意権・取消権を持ちます。

家庭裁判所への申立て——誰が、何を準備するか

法定後見の申立ては、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行います。

申立てができる人(民法第7条等) 本人・配偶者・4親等内の親族・検察官・市区町村長など。

主な必要書類

  • 申立書(裁判所所定書式)
  • 申立人の戸籍謄本
  • 本人の戸籍謄本・住民票
  • 本人の財産目録(不動産・預金・保険等を整理したもの)
  • 医師の診断書(成年後見制度用の書式)
  • 後見人候補者の事情説明書・身分証明書

費用の目安 収入印紙800円(後見類型の場合)+郵便切手3,000〜5,000円。鑑定が実施される場合は別途5〜10万円。書類作成を司法書士に依頼する場合は5〜15万円の報酬が加わります。

審判期間 申立てから後見開始の審判まで、平均2〜4ヶ月。

後見人の選任 申立て時に候補者を提案できますが、家庭裁判所が最終判断します。管理する財産が多い・親族間に争いがある場合は、専門職後見人(司法書士・弁護士・社会福祉士)が選任されるケースが多くなります。

後見人の権限——何ができて、何ができないか

後見人(後見類型の場合)の主な権限は以下のとおりです。

できること

  • 財産管理全般(預金の管理・税金の支払い・保険手続きなど)
  • 法律行為の代理(不動産の売却・施設入所契約・医療費の支払いなど)
  • 本人の法律行為の取消し(後見人の同意なく本人が行った行為は取り消せる)
  • 身上監護(介護サービスの利用契約・施設入所の手配など)

できないこと(重要)

  • 医療行為への同意:手術への同意権は後見人にない(法律上未整備な領域)
  • 施設入所時の「身元保証人」になること:多くの施設が求める身元保証は後見人の職務外
  • 婚姻・離婚・遺言など本人のみが行使できる身分行為の代理
  • 本人の意思に反した行為

「後見人がいれば何でもできる」という誤解は禁物です。後見人は「本人の権利を守る代理人」であり、家族の便宜のために動くわけではありません。


任意後見の仕組み——自分の意思で後見人を選ぶ制度

任意後見の「2段階」の仕組み

任意後見は、任意後見契約に関する法律(平成11年法律第150号)に基づく制度です。

段階1:契約段階(本人が元気なうちに) 本人が判断能力のあるうちに、信頼できる人(任意後見受任者)と「任意後見契約」を結びます。この契約は公正証書で作成する必要があり(同法第3条)、法務局に登記されます。この段階では、任意後見はまだ「発効」していません。

段階2:発効段階(判断能力が低下した時点で) 本人の判断能力が低下したと判断された時点で、任意後見受任者が家庭裁判所に「任意後見監督人の選任」を申立てます。家庭裁判所が任意後見監督人(通常は専門職)を選任した時点で、任意後見が「発効」します。

この2段階構造が任意後見の最大の特徴です。「契約した=もう安心」ではありません。判断能力が低下した際に、受任者が能動的に家庭裁判所に申立てを行う必要があります。

任意後見が法定後見と根本的に違う点

法定後見と任意後見の最大の違いは、「後見人を誰が決めるか」です。

法定後見では家庭裁判所が後見人を決定します。候補者を推薦できますが、最終決定権は裁判所にあります。財産が多かったり親族間に争いがあると、見知らぬ専門職後見人が選任されることもあります。

任意後見では、本人が自分で後見人候補者(任意後見受任者)を選びます。信頼している子ども・友人・かかりつけの司法書士——誰を選ぶかは本人の自由です。後見の内容(何を管理してほしいか・身上監護のどの範囲を任せるか・報酬はいくらか)も、あらかじめ契約書で細かく決められます。

任意後見は「自分の老後を自分でデザインする制度」と言えます。


成年後見制度の費用——全体像

費用は「2種類」ある——一時費用と継続費用

成年後見制度にかかる費用は、2種類に分けて考える必要があります。

一時費用(申立て時のみ):手続きを始めるための費用です。

継続費用(後見開始後、毎月発生):後見人への報酬です。後見は終身続くため、長期的な費用計画が不可欠です。

申立て費用の目安

費用の種類 目安金額
収入印紙 800〜1,200円
郵便切手 3,000〜5,000円程度
医師の診断書 5,000〜15,000円
鑑定費用(必要な場合のみ) 5〜10万円
戸籍謄本等の取得費用 5,000〜15,000円
司法書士への申立て代理報酬 5〜15万円
合計目安(鑑定なし) 8〜20万円
合計目安(鑑定あり) 13〜30万円

後見人報酬の目安(東京家庭裁判所の基準)

後見人の報酬は家庭裁判所が決定します(民法第862条)。本人の財産から支払われます。

管理財産の総額 後見人報酬の目安(月額)
1,000万円以下 月2万円
1,000万円超〜5,000万円以下 月3〜4万円
5,000万円超 月5〜6万円

(東京家庭裁判所が公表している目安。実際の報酬は後見業務の内容・難易度により異なります)

長期試算の例 管理財産1,500万円・月3万円の後見人報酬が10年継続した場合:3万円×120ヶ月=360万円

親族後見人(長男など)の場合は報酬を請求しないケースも多いですが、裁判所によって専門職が選任されると上記の報酬が発生します。

費用の詳細な内訳と報酬基準の全体像は [成年後見人の費用相場と報酬(spoke_guard_02)] で詳しく解説しています。

費用を補助してくれる制度——成年後見制度利用支援事業

費用の負担が難しい場合、市区町村が実施する「成年後見制度利用支援事業」の活用を検討してください。

生活保護受給者・住民税非課税世帯などを対象に、申立て費用や後見人報酬(月額)の全部または一部が補助されます。問い合わせ先は、居住する市区町村の介護福祉担当窓口または地域包括支援センターです。


成年後見制度の費用や手続きは、ご家庭の状況によって大きく異なります。まずは司法書士への無料相談で、具体的な見通しを確認することをおすすめします。

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どんな家庭に成年後見制度は必要か

法定後見が必要になるケース

次のいずれかに当てはまる場合、法定後見の申立てを検討すべき段階です。

① すでに認知症が進行し、日常的な判断がほぼできない状態 任意後見の契約ができるだけの意思能力が残っていない場合、法定後見が唯一の選択肢になります。

② 銀行口座の凍結・不動産売却のブロックが発生している 緊急性が高く、今すぐ後見人が必要な状態です。申立てに着手し、認容された段階で速やかに後見人が動けます。

③ 遺産分割協議に認知症の相続人が参加している 後見人なしには協議が成立しません。相続手続きを進めるために法定後見の申立てが必要です。

④ 親族がいない・連絡がとれない・虐待が疑われる 市区町村長が後見開始の申立てを行う「市区町村長申立て」の制度があります。

任意後見が有効なケース

次に当てはまる方は、今すぐ任意後見の準備を始めることをおすすめします。

① 自分はまだ元気だが、将来の財産管理・身上監護を誰かに任せたい 信頼できる家族・友人・専門家を後見人に選んで、事前に内容を決めておけます。

② 見知らぬ専門職後見人が選ばれる事態を避けたい 法定後見では裁判所が後見人を決めます。「自分で選びたい」なら任意後見しかありません。

③ 後見の内容(何を管理するか・身上監護の範囲)を細かく指定したい 任意後見契約の設計段階で、詳細な委任内容を決められます。

任意後見の手続きの詳細は [任意後見契約の手続きと公正証書作成ガイド(spoke_guard_04)] で解説しています。

家族信託との使い分け——どちらが自分に合うか

成年後見(特に任意後見)と家族信託はしばしば比較されます。両者の使い分けの基本的な考え方を整理します。

家族信託 任意後見
主な目的 財産管理(不動産・現金) 財産管理+身上監護
身上監護 できない 契約内容次第でできる
裁判所の関与 原則なし 監督人選任あり
後見人(受託者)を決める 本人が決める 本人が決める
財産の柔軟な運用 信託契約の範囲で自由 監督人の監督下

多くの専門家が推奨するのは「家族信託(財産管理)+任意後見(身上監護・緊急時のバックアップ)」の組み合わせです。財産管理は家族信託で柔軟に対応し、介護施設への入所契約など身上監護の部分は任意後見でカバーする設計です。

家族信託との詳細な比較・どちらを選ぶべきかは [家族信託 vs 成年後見(spoke_fam_02)] で解説しています。


成年後見制度を始めるための手順——全体の流れ

法定後見申立ての流れ(5ステップ)

ステップ 内容 目安期間
① 状況確認・相談 司法書士・地域包括支援センターへの相談 1〜2週間
② 申立て書類の準備 医師の診断書取得、財産目録作成、戸籍謄本等の取得 2〜4週間
③ 家庭裁判所への申立て 書類提出・収入印紙貼付 1日
④ 審判(鑑定含む) 鑑定が必要な場合は別途1〜2ヶ月 2〜4ヶ月
⑤ 後見開始・後見人選任 登記完了後、後見人が活動開始 1〜2週間

任意後見の準備の流れ(4ステップ)

ステップ 内容 目安期間
① 後見人候補者の選定と内容の検討 司法書士と打ち合わせ 2〜4週間
② 公正証書での任意後見契約の締結 公証役場で公証人が認証 1〜2週間
③ 法務局への登記 公証人が嘱託(本人手続き不要) 1〜2週間
④ 発効時の申立て準備 将来の発効に備えて見守り契約・財産管理委任契約を同時設定 契約時

法定後見・任意後見・家族信託——どれが自分の家庭に合うか、一人で判断するのは難しい選択です。専門家への初回相談は多くの司法書士事務所で無料です。まずは現状を話してみましょう。

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よくある質問(FAQ)

Q1. 成年後見制度は一度始めたら途中でやめられないのですか?

A. 法定後見は、本人の判断能力が回復した場合(医学的に稀なケース)に取消しの審判が可能ですが(民法第10条)、認知症の場合は本人が亡くなるまで続くのが一般的です。後見人の変更は、不正行為・著しい不適切行為がある場合に家庭裁判所への解任申立て(民法第846条)ができますが、単なる不満では変更できません。「一度始めると原則として終身続く」ことを念頭に置いて、開始前に十分検討することが重要です。


Q2. 親族が後見人になれますか?

A. はい、なれます。申立て時に後見人候補者として親族を推薦することができます。ただし、家庭裁判所が最終判断を行います。管理する財産が多い・親族間に争いがある・申立人と候補者が同一人物などの場合は、専門職後見人(司法書士・弁護士・社会福祉士)が選任されることがあります。親族後見人であっても、定期的な財産報告など裁判所への報告義務はあります。


Q3. 任意後見と法定後見、どちらを選べばいいですか?

A. 今、本人(あなた自身または親)に判断能力があるなら、任意後見が選択肢になります。自分で後見人候補者を選び、後見の内容を事前に決められる点が大きなメリットです。すでに認知症の症状が出て判断能力が低下している場合は、任意後見契約ができないため、法定後見の申立てが必要になります。どちらが適切かは状況によって異なるため、司法書士や地域包括支援センターへの相談をおすすめします。詳しくは [法定後見と任意後見の違い・選び方フローチャート(spoke_guard_01)] をご覧ください。


Q4. 後見人の報酬は誰が払うのですか?

A. 後見人の報酬は、本人(被後見人)の財産から支払われます(民法第862条)。家庭裁判所が報酬額を審判で決定します。本人の財産が少ない場合は低額または無報酬の審判もありえます。また、市区町村の「成年後見制度利用支援事業」で費用助成を受けられる場合もあります。詳しくは [成年後見人の費用相場と報酬(spoke_guard_02)] をご覧ください。


Q5. 家族信託と成年後見は同時に使えますか?

A. 使えます。「家族信託(財産管理)+任意後見(身上監護・緊急時の補完)」という組み合わせは、多くの専門家が推奨する設計です。家族信託で受託者(子)が財産管理を担い、別途任意後見契約で身上監護(介護施設の入所契約など)の担当者を決めておく形です。なお、法定後見が開始すると家族信託に制限がかかる場合があるため、「任意後見+家族信託の同時設計」の順番が一般的です。詳細は [家族信託 vs 成年後見(spoke_fam_02)] をご覧ください。


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本記事の情報は2026年3月時点のものです。民法・任意後見契約に関する法律・家事事件手続法その他の関係法令は改正される場合があります。個別の法律・税務的なご相談は必ず専門家(司法書士・弁護士・税理士)にお問い合わせください。

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