「家族信託のデメリットも正直に教えてください」
こういった声をいただくことがあります。メリットを強調した記事は多くありますが、デメリットをきちんと説明しない情報は、読者の判断を誤らせる可能性があります。
この記事では、家族信託の7つのデメリットと3つの実際の失敗事例を、隠さずお伝えします。そしてそれぞれへの具体的な対策も合わせて解説します。
デメリットを知ることは、家族信託を諦めることではありません。「自分の家庭には、このデメリットが当てはまるか?」「この対策を取れば解消できるか?」を冷静に判断するための材料を持つことです。
読み終えたときに「やっぱり相談してみよう」と思えるか、「うちには向いていない」と判断できるか——どちらの結論であっても、それは正しい判断です。
家族信託のデメリット7つ
デメリット① 初期費用が高い(目安60〜100万円台)
家族信託の設定には、専門家報酬(30〜70万円)・公正証書費用(3〜10万円)・信託登記の報酬(5〜15万円)・登録免許税(不動産評価額×0.3〜0.4%)がかかります。不動産を含む一般的なケースでは、合計60〜100万円台が相場です。
「高い」と感じるのは自然な反応です。ただし、次の視点で考えてみてください。
成年後見制度で専門職後見人が選任された場合、毎月2〜6万円の報酬が発生します。認知症発症後の平均生存期間が10年以上(厚生労働省)とすれば、10年間の後見人報酬は240〜720万円に達します。長期的な視点では、家族信託の初期費用は「先行投資」として合理的です。
対策: 費用の全体像を把握し、成年後見の長期費用と比較して判断する。費用の詳細シミュレーションは [家族信託の費用相場と専門家の選び方(spoke_fam_03)] をご参照ください。
デメリット② 受託者(子など)の負担が大きい
受託者(財産管理を任される人)には、信託法が定める複数の義務が課せられます。
受託者の法律上の主な義務(信託法):
| 義務の種類 | 内容 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 善管注意義務 | 善良な管理者として注意深く財産を管理する | 第29条 |
| 分別管理義務 | 信託財産と固有財産を分けて管理する | 第34条 |
| 帳簿作成義務 | 信託財産の状況を帳簿に記録する | 第37条 |
| 報告義務 | 委託者・受益者から求められたら状況を報告する | 第36条 |
不動産がある場合の具体的な業務:固定資産税の支払い、テナントの募集・契約更新・退去対応、修繕の判断・業者への発注、毎年の帳簿作成——これらは「名義だけを借りる」役割ではありません。
受託者候補の家族が「名義だけ変えればいい」という誤解を持ったまま受託者になってしまうケースは多く、後から「こんなに大変だとは思わなかった」という声が上がることがあります。
対策: 受託者となる家族に、事前に義務の内容と業務の実態を正直に説明し、合意を得る。負担が大きすぎる場合は信託監督人(専門家)を設けて受託者をサポートする体制を整える。
デメリット③ 身上監護(医療・介護の決定)はできない
家族信託の受託者の権限は「財産管理・処分」に限られます。
受託者が「できること」と「できないこと」の違いを整理します。
| 行為 | 受託者が単独で行える? |
|---|---|
| 信託財産からの生活費の支出 | できる |
| 自宅不動産の売却・賃貸 | できる(契約内容に従い) |
| リフォームの発注・費用支払い | できる |
| 入院手続き・入院同意書への署名 | できない |
| 老人ホームへの入所契約 | できない |
| 介護サービスの契約 | できない |
「長男を受託者にしたから何でも長男に任せられる」という誤解が生じやすいため、注意が必要です。
認知症が進行した後に施設入所や医療行為が必要になった場合、財産的な対応は受託者が行えますが、法的な手続き(施設との契約書への署名など)は成年後見人でなければできないケースがあります。
対策: 家族信託と同時に任意後見契約を締結する(財産管理=家族信託、身上監護=任意後見という「組み合わせ」が多くの専門家に推奨されています)。詳細は [家族信託 vs 成年後見(spoke_fam_02)] をご参照ください。
デメリット④ 遺留分を侵害するリスクがある
家族信託の設計によっては、法定相続人の「遺留分」(民法第1042条)を侵害する構造になる場合があります。
遺留分とは、兄弟を除く法定相続人(配偶者・子・直系尊属)に認められた最低限の相続分です。
リスクが生じやすい設計例:
- 長男だけを最終受益者に指定し、次男の取り分をゼロにする受益者連続型信託
- 特定の不動産を特定の相続人に有利に承継させる設計
2019年の民法改正により、遺留分侵害額請求権は「金銭支払い請求」に一本化されました(信託財産の分割を強制されることはなくなりましたが、金銭的な補償請求はされうる)。また、最高裁判所は家族信託と遺留分の関係を個別の事案ごとに判断するスタンスをとっており、解釈が固まっていない部分もあります。
対策: 設計段階で専門家が各法定相続人の遺留分を計算した上で受益者の配分を設計する。受益者連続型信託を設ける場合は特に注意が必要で、他の相続人への説明と理解を得ることも有効。
デメリット⑤ 毎年の税務申告が必要になる場合がある
信託財産が収益を生む資産(賃貸不動産・有価証券など)の場合、受益者課税の原則(所得税法第13条)により、信託から生じる収益は受益者の所得として課税されます。
具体的には:
- 賃貸アパートを信託財産とした場合 → 家賃収入は受益者の不動産所得として確定申告が必要
- 信託財産の有価証券から配当が出た場合 → 受益者の配当所得として申告が必要
さらに、信託財産に帰属する損益の計算・帳簿管理が別途必要になります。これは通常の確定申告に加えての作業です。
また、受益権の移転(受益者の変更)は贈与税の課税対象になる場合があります。例えば、親から子への無償の受益権移転は贈与と判断される可能性があります。
対策: 設定前に税理士に相談し、確定申告の必要性と方法を確認する。設定後の申告フローを専門家に指導してもらう。
デメリット⑥ 対応できる金融機関が限られる
信託口口座を開設できる金融機関は限られています。特に地方の中小規模の金融機関では、対応できないケースが少なくありません。
問題が生じやすい状況:
- 委託者が地方の信用組合・信用金庫のみと取引している
- 候補の銀行が信託口口座に対応していないと判明し、口座を変える必要が生じる
- 金融機関の独自審査に時間がかかり、手続きが長引く
信託口口座を開設できない場合、受託者の個人口座で信託財産を管理せざるを得なくなり、分別管理義務(信託法第34条)の観点から問題が生じます。
対策: 手続き開始前に候補の金融機関に信託口口座の開設可否を問い合わせる。司法書士に「連携している金融機関を紹介してほしい」と依頼するのが最も確実。
デメリット⑦ 設定後の変更・解除が難しくなる
委託者・受託者・受益者の合意があれば信託内容の変更は可能です(信託法第149条)。しかし、委託者が認知症になった後は、委託者の意思能力が失われているため、実質的に変更が困難になります。
また、受益者の利益を損なう変更は受益者の同意なしにはできません(信託法第164条)。「やっぱりこの設計を変えたい」と思っても、状況によっては変更できないリスクがあります。
さらに、信託を途中で終了させる際にも注意が必要です。信託財産を帰属権利者に移転するために、再度の登記費用・登録免許税が発生します。
対策: 設計の段階で「将来起こりうる状況の変化」を専門家と一緒に洗い出し、柔軟に対応できる条項(受託者変更条項、変更手続きの規定など)を契約書に盛り込む。
家族信託の失敗事例3つ——実際に起きた問題と教訓
失敗事例① 家族全員に説明せずに設定→兄弟間トラブルに発展
状況: 75歳の父親が、財産管理を長男に任せる家族信託を設定。しかし、次男・三男には「遺産は平等に分けるつもりだ」とだけ伝え、家族信託の詳しい内容は説明しなかった。
父親が認知症になった後、長男は信託財産である自宅のリフォーム費用(200万円)と老人ホームの入所費用を信託口口座から支払った。これを知った次男が「長男が勝手に財産を使っている」と主張し、家族全体が対立状態に。法的には受託者の権限内の適正な行為だったが、家族関係は深刻に悪化した。
根本的な原因:
- 家族信託の目的・受託者の権限・受益者の設計を他の相続人に説明しなかった
- 受託者(長男)が定期的な収支報告を他の家族に行っていなかった
教訓: 家族信託は委託者と受託者の二者間で設定できますが、他の相続人への説明・理解なしに進めると後のトラブルの種になります。
具体的な対策:
- 設定段階で専門家を交えた家族全員向けの説明会を開く
- 受託者が定期的(年1回以上)に収支報告書を作成し、他の相続人に共有する仕組みを信託契約に盛り込む
失敗事例② ネットのひな形で自作した契約書——信託の有効性が争われたケース
状況: 50代の長男が費用を節約しようとネット上の信託契約書テンプレートを利用し、わずかに修正して父親との間で信託契約を締結。公正証書にはしなかった。
父親が亡くなった後、受益権の移転(父→長男への受益権承継)のタイミングで、次男が「この信託契約は無効だ」と主張。裁判所での審理の結果、「帰属権利者の特定が不十分」「信託目的の記載が法的要件を満たしていない」という理由で信託が部分的に無効と判断された。
最終的に、長男が意図した財産の承継は実現せず、法定相続による分配になってしまった。
根本的な原因:
- 信託法の要件を満たした契約書の作成には専門知識が必要であるにもかかわらず、専門家に依頼しなかった
- 公正証書化しなかったため、有効性の立証が困難だった
教訓: 信託契約書のひな形は「見た目が正しそう」でも、法的効力を持つ適切な条項の設計は素人には判断できません。「費用を節約するために自作した」という判断が、結果的に最も高いコスト(意図した承継が実現しない)につながりました。
具体的な対策:
- 信託契約書は必ず家族信託の経験を持つ司法書士または弁護士に作成を依頼する
- 必ず公正証書化し、委託者の意思能力を公証人に確認してもらう
失敗事例③ 身上監護ができないと知らずに設定→施設入所で立ち往生
状況: 75歳の母親のために、娘が受託者となる家族信託を設定。「これで老後の財産管理はすべて娘に任せた」という形で終えた。
設定から2年後、母親の認知症が進行し、特別養護老人ホームへの入所が必要になった。娘は「受託者だから入所の手続きができる」と思っていたが、施設から「入所契約書には成年後見人か本人の署名が必要」と言われた。
本人には意思能力がなく、成年後見の法定後見申立てが必要な状況に。申立てから審判まで4〜6ヶ月かかり、その間に入所が遅れ、本人・家族ともに苦労することになった。
根本的な原因:
- 家族信託の受託者の権限が「財産管理のみ」であり「身上監護(施設入所契約など)」は含まれないという事実を設定前に理解していなかった
- 身上監護の問題に備えて任意後見を同時に設定するという選択肢を知らなかった
教訓: 「財産管理はできるが身上監護はできない」という家族信託の限界は、最も重要な注意事項の一つです。設定前に専門家が必ず説明すべき点ですが、この説明が不十分だったケースもあります。
具体的な対策:
- 家族信託の設定と同時に、任意後見契約の締結を検討する(専門家に相談時に必ず確認する)
- 「家族信託でできること・できないこと」のリストを専門家から書面でもらい、家族全員で共有する
デメリットへの対策まとめ——専門家選びが最重要
デメリットの大半は「設計段階」で回避できる
7つのデメリットを振り返ると、その多くは「設計段階で専門家が適切な条項を入れることで回避・軽減できる」ものです。
設計段階で盛り込むべき主な条項:
| 対応すべきリスク | 盛り込む条項 |
|---|---|
| 受託者が先に亡くなる | 受託者変更条項(後任受託者の指定) |
| 受託者の管理が不適切 | 信託監督人の設置 |
| 将来の変更が必要になる | 変更手続きの規定 |
| 信託終了後の財産の行き先が不明確 | 帰属権利者の明記 |
| 受託者の権限が曖昧 | 権限の範囲の明確化(売却・リフォーム等の条件) |
| 身上監護ができない | 同時に任意後見契約を締結 |
これらの条項を適切に盛り込んだ信託契約書を作れるかどうかは、専門家の経験と知識に直結します。「家族信託に詳しい専門家を選ぶ」ことが、デメリット回避の最大の対策です。
デメリットを「知った上で」設定することの意味
デメリットを正直に伝えない専門家は、長い目で見ると信頼できません。誠実な専門家は「こういうリスクがあるが、こういう条項で対応できる」「この家庭の状況では、このデメリットが特に注意が必要だ」という具体的な提案をしてくれます。
デメリットを一方的に恐れるのではなく、「知った上で設計する」ことが有意義な家族信託の設定につながります。
デメリットを正確に把握した上で、自分の家族・財産状況に合った設計を専門家に相談することが、家族信託成功の鍵です。初回無料で相談できる司法書士事務所を紹介しています。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 家族信託は「やめた方がいい」という情報をネットで見ました。本当ですか?
A. 家族信託が全ての家庭に向いているわけではなく、「向いていないケース」が確かに存在します。特に、①信頼できる受託者がいない、②財産が現金のみで少額、③身上監護が最優先の課題、といった場合は成年後見や遺言書のほうが適していることもあります。「やめた方がいい」のは家族信託という制度全体ではなく、「その家庭の状況に合っていない使い方」です。自分の状況に合うかどうかは、専門家に相談して判断することをおすすめします。
Q2. 受託者になった子どもが病気になったり、先に亡くなったりしたらどうなりますか?
A. 信託契約書に「受託者変更条項」(後任受託者の指定)を盛り込んでおくことで対処できます。この条項がない場合、受託者不在状態になり、家庭裁判所に新たな受託者の選任申立てが必要になります(信託法第62条)。後任受託者として次の子ども・信頼できる親族・専門職法人(司法書士法人等)を指定しておく方法があります。設計段階でこの条項を必ず盛り込んでもらうようにしてください。
Q3. 家族信託を設定した後に、兄弟の一人が「無効だ」と主張してきました。どうすればいいですか?
A. 家族信託の有効性が争われた場合、最終的には裁判所での判断になります。有効性を守るための最大の防御は、①公正証書で締結した(委託者の意思能力を公証人が確認済みである)、②信託法の要件を満たした適切な契約書が作成されている、という2点です。争いが生じた場合は早急に弁護士に相談してください。設定時に関わった司法書士にも状況を報告し、記録・書類を整理しておくことが重要です。
Q4. 家族信託の受託者は無報酬でなければなりませんか?
A. 法律上、受託者の報酬は信託契約で自由に定めることができます(信託法第54条)。受託者に毎月○万円の管理報酬を支払うと契約書に定めることは可能です。受託者が家族の場合は無報酬とするケースが多いですが、報酬を設定する場合は税務上の所得として申告が必要になります。受託者の負担に対して適正な報酬を設定することは、長期的な管理を担保する合理的な対策になることもあります。
Q5. 家族信託を途中でやめることはできますか?
A. 委託者・受託者・受益者全員の合意があれば合意解除ができます(信託法第164条)。また、信託契約書に定めた「終了事由」が生じれば自動的に終了します。ただし、委託者が認知症になった後は合意解除が実質的に困難になります。また、信託を終了させると信託財産は帰属権利者に移転するため、再度の登記費用・登録免許税が発生します。途中終了にはコストが伴うことを理解した上で、設計段階から慎重に条件を設定することが重要です。
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本記事の情報は2026年3月時点のものです。信託法・民法その他の関係法令は改正される場合があります。失敗事例は複数の事例を参考に作成した想定ケースであり、特定の実例を示すものではありません。個別の法律・税務的なご相談は必ず専門家(司法書士・弁護士・税理士)にお問い合わせください。